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貯溜中の丸山溜池(千代田湖)
荒川周辺の農業用水確保のためにつくられた
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| 昭和浄水場全景(昭和35年) |
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その後、産業の発展や給水人口の増加に伴い、水不足が著しく、新たな水源確保が必須になり、さまざまな努力が重ねられましたが適した水源を得ることができませんでした。昭和水源を確保できたのは昭和30年代になってからです。この間、昭和38年から昭和町、昭和42年から敷島町(現在の甲斐市の一部)、昭和44年から玉穂町(現在の中央市の一部)へと給水区域が拡大していきました。そして、山梨県と共同で造った荒川ダムを含む第5期拡張工事が昭和63年に完成しました。
豊かな水を確保できるようになったのは、実に最近のことで、武田氏の時代からずっと水不足に悩み続けてきた甲府の住民にとって、荒川ダム完成は永い間の念願でした。
このように、水の豊かな山梨において、水源に恵まれなかった私たちは、多大な時間と費用を費やさなければなりませんでした。
現在では、甲府の水道水はおいしいと評価をいただき、全国的に断水が相次ぐ渇水時にも、安定した水量を供給することができるようになりました。
平成18年3月東八代郡中道町と合併し、中道町上水道事業を引継ぎました。 |